2009年7月 9日 (木曜日)

まかぬ種ははえぬ

私は趣味の一つとして、ハウスで野菜を栽培しているのです。
毎朝目が覚めて、最初に家の外に出るのは、ハウスです。
そこには、自分で種をまいたか、苗を植えた野菜があり、それを籠に入れて、一日分の食材として炊事場に持ち帰るのが楽しみなのです。
私はこのハウスに一日3回顔を出し、それぞれの野菜に声をかけているのです。
モチロン朝は「おっはよ」です。
ハウスを歩く順番も決まっているのです。
この時分は、キュウリは一日で随分大きくなるので、見落とすと知らぬ間に大きくなっているので要注意です。
実もの葉ものいろいろですが、大切なことは、どの野菜も健康かなと観察することです。
その次は、収穫するもの、水を欲しがっているもの(これはその根の付近の土を直接触らないとよくわからないのですが)、栄養分を欲しがっているもの、いろいろあるのです。
頂くことだけを考えていると、その野菜が老化した後のことを考えると、葉ものでしたら、3代はないと継続して頂けないことになるのです。
従ってどこかの畝は常に空けておかなくてはいけないし、種をまくときも50センチ位しか種をまかないのです。
その理由は、一度に沢山種をまいても、そんなに食べきれるわけでもないし、特に私はサラダで頂くことが多いので、やや大きくなるとサラダに適さなくなるからです。
単純なことなのですが、50センチの種まきが、人生の何たるかを教えてくれているように思っているのです。
(写真は今日も50センチの小松菜の種をまきました。白い布で覆ってある所が種をまいたところです。)P1010026
P1010027




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2009年7月 8日 (水曜日)

六月灯とそうめん

私の住んでいる都城には、梅雨があける頃になると、六月灯という祭りがあるのです。
それは鎮守の森のあるところでは、大体そこで神事がとりおこなわれ、前ぶれに必ずといつてよいほど、花火が打ち上げられるのです。
今日も明るいうちに花火の大きな音がしました。
どこかの鎮守の森の小さな神社で六月灯がとりおこなわれるのでしよう。
小さい頃、この六月灯が待ち遠しく、夕暮れ時になると、ピーヒャラ、ピーヒャラ、ドンドンと笛や太鼓の音がすると、じっとしておれない思いがしたものです。
お役目の風呂を早くわかして、親の許しが出て、お小遣いをもらえば、一目散に鎮守の森に下駄履きで走って行くものでした。
鎮守の森には、夜店が並び、金魚すくいや、するめをしょうゆだれであぶつたもの、その他諸々でしたが、何かしら夢があり楽しかったことを思い出すのです。
六月灯で思い出すのは、「そうめん」です。
当時「そうめん」は大変なご馳走で、おしょうゆのつゆに厚揚げと卵が一つ乗っており、実に美味かったことを覚えているのです。
今日も会社の帰り道、空には夏の雲がぎらぎらしていました。
{もう梅雨明けかな?」と独り言を言いながら「そうだ、今日の夕食は冷やしそうめんにしよう」と思いました。
(写真は田んぼの上に夏雲が広がっている今日の景色です。)P1010024








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2009年7月 7日 (火曜日)

七夕祭り

今日は七夕祭りです。
これは天の川をはさんで、牽牛星と織女星が一年に一度のデートをする日だという伝説からきているのだそうです。
何とロマンチックな話なのでしょう。
私はこのブログを書く前に、我が家の庭に出て、夜空を仰ぎました。
まだ梅雨明けの宣言も聞かないのですが、夜空はからりと晴れ、星がきらめいているのです。
「ワーッ、きれいだ!」とつい口にしていました。
長いこと、夜空なんて仰いだこともなし、どの星がなんと言う名前なのかも分かりません。
今頃牽牛星と織女星がデートしているのだから、お邪魔してはいけないと、気をきかせて家の中に入りました。
七夕といえば小さい頃、葉竹を切ってきて、いろいろ願いごとを書いた短冊をさげて、門のところに飾った記憶があります。
この町でも、以前は通り会の主催で、七夕祭りがあり、幼稚園児が、葉竹に願いをこめた飾りで賑わったものです。
今日は会社の帰り道に遠回りして、かつての賑わった通り会の七夕祭りを見に行ったのですが、一本も竹の飾りもなく、淋しい思いをして帰途につきました。
途中いつも通っているスーパーの入り口に、七夕飾りがあつたことを思い出し店に着いてみると、見事な七夕飾りがありました。
早速店長さんにおことわりをして、写真を撮らしてもらい、短冊をいろいろ読ませて貰いました。
短冊には世相を映して、「おかねもちになりたい」というのが目に付きました。
「おかあさんのびょうきがはやくなおりますように」という切ない願いもありました。
そんな中、「うちゅうひこうしになりたい」と書かれた短冊にほつと一縷の夢を見出しました。
(写真はスーパーの入り口の七夕飾りです。)P1010025








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2009年7月 6日 (月曜日)

生かされて

今日の朝礼での「ありがとう」はNさんにお願いしました。
「私は長い間、都会で暮らしていましたが、事情がありふるさとに帰ってきて、丁度今年で10年になります。
10年たって、つくづく思うことは、ふるさとでの生活がありがたいと思っているのです。
そのわけは、こんな田舎だから、都会では味わえないものがあるのです。
春、夏、秋、冬の季節感を身近に感じることが出来、今年も家の近くで飛び交うホタルを静かに見ることが出来るし、今は近くの田んぼで、蛙の鳴き声を聞きながら静かな時間を過ごすことが出来るのです。
そんな時「生かされている」ということを肌で感じます。」と。
聞いているだけで、その光景が手にとるようにわかるのです。
物腰の柔らかいNさんの立ち居振る舞いには、この環境のなせるわざかと、納得しました。
私は、毎週月曜日、朝礼が終わると、一人で会社のトイレを掃除することにしているのです。
いつものように、大便器の一番奥に手を入れて、キュキュと音がすることを掌で確かめることを楽しみにしているのです。
今朝もその音を掌で確かめながら、「生かされている」という言葉が私の脳裏を幾度となくよぎりました。
便器を掃除しながら、Nさんの人生哲学の琴線にふれた言葉を何度もかみしめました。
こんな素晴らしい従業員がいてくれるのかと感謝です。
ありがとう。
(写真は今年も花をつけてくれたサルスベリです。)P1010023




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2009年7月 4日 (土曜日)

ハウスのリニューアル

今のハウスを建てて何年になるでしょうか。
わかっているのは、ビニールの張替えが今回で3回目ですから、10年以上になることは間違いないと思うのです。
最近のビニールは質がよくなつたのでしょうか。
今回の張替え後のハウスはとても明るく見えるのです。多分厚みは今までのと変わらないのですが、メーカーは違うのです。
ということは、多分雨風で、ビニールが相当汚れていたのでしょう。
ふと私は、尊敬する木嶋利男先生(農学博士)の言葉を思い出しました。
「光合成は大切なことだよ」と口癖のように言われていたことです。
今まで汚れていて、光を十分に受けることができなかった野菜に、急に申し訳ないという気持ちが沸いてきました。
私は地球環境を良くするという言葉を使いますが、自分の足元を、もっと見つめるべきだとつくづく反省をしました。
よく考えてみると、ハウスのビニールだけの問題た゜けではないのです。
周りの雑草や、果樹についても、自然環境を整えたり、今時分の梅雨時の水はけのことも根本的に考えなくてはいけないと、新しく張り替えた小さなハウスの前で考えこんでしまいました。
(写真は張替え中のハウスです。)P1010022




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2009年7月 2日 (木曜日)

小学3年生からのお手紙

6月23日のブログに書いたことなのですが、会社の近くの小学3年生が「らつきょうほり」の体験学習があり、子供さんから早速お礼の手紙が冊子になつて届いたのです。
早速従業員に回覧にしたのですが、私の手元に戻ってきたので、改めて読んでみると、何と素晴らしいお手紙かと感動させられるのです。
とても勿体無いので、このブログで皆さんにも読んでもらいたいと、掲載させてもらいます。
「今日はらつきょう工場のことや、らつきょうほりをいろいろ教えてくださって、ありがとうございました。
今日1日でらつきょうのいろいろなことが、たくさん分かりました。
そしてらつきょうを食べさせて下さって、ありがとうございました。とてもおいしかつたです。
少しだけにがかつたけど、らつきょうのいろいろなな味が楽しめてよかつたなぁと思いました。
らっきょうの上に足をのせていましたが、どうしてなのですか?なにかをするためだとは思いましたが、きずはつかないのですか?またおしえてください。らつきょうほりもすごくすごーくたのしかつたです。
お家にもつて帰ったら、みんんなでおいしく食べますね。
らつきょうほりは、はじめてで、ちょつときんちょうしました。2年まえには、わたしのお兄ちゃんは、すっごく楽しいよと言っていたので、すごくワクワクしたけど(らつきょう工場に)来て、やつてみたりしらべてみたりしたら、お兄ちゃんが言っていた何倍も楽しくて、おもしろかつたです。
今日はみなさん、本当にありがとうございました。
とつてもとつてもとつても楽しかったです。」(原文のまま)
(写真は当日の子供たちの様子です。)P1000789




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2009年7月 1日 (水曜日)

今日でらつきょうの漬け込みが終わりました。

6月1日から始まった、らつきょうの漬け込み作業が6月30日に終了いたしましした。
漬け込みに空けておいたタンクが満タンになつたのです。
夕方作業員の皆さんが帰った後で、漬け込み棟の真ん中に立って眺めていると、なんとも言えない感動を覚えました。
5月までは豊作だと言われていたのですが、いざ6月に掘り出してみると、豊作どころか減収だというう農家さんの声が聞こえてきました。
以前、契約栽培をしていなかつた時分には、減収だという声が聞こえると、らつきょうの相場がはねあがり、漬物業者は損失がでると予想され、うかぬ顔をしながら漬け込んだものでした。
今わが社では価格を保証した契約栽培です。
したがって相場には関係ありませんが、収量が極端に減ると、固定のお客様に迷惑がかかるから困るし、品質が悪いと製品の信用もなくなるので困るのです。
然し、長年の信頼関係とは素晴らしいものがあります。
収量も品質も立派なものができて、安心して漬け込み作業を続けることができました。
なんといっても、従業員の皆さんが、コンスタントに入荷する原料を毎日目の前にしているので「うちの会社は安心だ」と思えるのです。
原料入荷も安心でしたが、何よりも嬉しかったことは、怪我やその他のトラブルが何一つなかったことです。
漬け込みタンクを眺めながら、手を合わせ「ありがとうございました。」と全てのことに感謝しました。
(写真は原料が満タンになつた漬け込みタンクです。)P1010020




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2009年6月29日 (月曜日)

雨だから、カラオケで

今朝の朝礼は、いつもニコニコ笑顔のHさんにお話を頼みました。
「昨日は雨でした。農作業も出来ないので、仲の良い近所のお友達数人と我が家でカラオケでした。
お昼には皆で簡単な料理を作って、楽しく頂きました。
以前からカラオケセットがあるのですが、まだ結構使えるのです。
これからも、この仲間でカラオケのお世話になって、歌い続けたいと思っています。」と。
彼女は何と62歳なのです。
会社では、いつも笑顔でコツコツと仕事をしているのです。
私は彼女の曇った顔を見たことがありません。
私は、Hさんがいつもニコニコ笑顔の原因がわかりました。
以前からカラオケセットがあり、何かことあるごとに歌を続けていたから、心が明るく、いつも前向きに仕事が出来るのだと。
歌は心を明るくするとは、よく言われますが、Hさんのような人のことを言うのだと納得しました。
いずれにしろ、パートのオバサンたちが、どの人も人生を楽しむ事を知っていることに、私は素晴らしいことだと思いました。
(写真は昨日羽田から帰る途中の雲の美しい模様です。)P1010015




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2009年6月27日 (土曜日)

定点観測

定点観測
私は今日は東京に来ています。
新宿にあるスーパーでの最近の消費者動向とそれを考えた商品開発についての勉強会です。この不景気は、確かに消費者の購買意欲をちじめており、店舗間の競争は一段と厳しくなっているとの話がありました。我々納入業者もそのことを踏まえて、更にかちある商品の開発に努力をすべきだと痛切に感じました。
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2009年6月26日 (金曜日)

ナマンダー ナマンダー

私は毎日、広々とした田や畑を眺めながら、会社に通勤しているのです。
この時期は、田植えが盛んで、朝早くから夕方遅くまで働く農家の姿を見てきたのですが、どうやらどの田んぼも田植えがすんだようです。
私はこの光景を見ると、自分のことのように、ほつとするのです。
終戦直後、私が小学生、中学生の頃、よく田植えを手伝わされた思い出があるのです。
自分の家の田んぼはありませんでしたが、親戚の田植えには、どの家庭にも「結い」(ゆい)といい、総出で順番に田植えを済ませていく習慣があつたのです。
今みたいな田植え機があつたわけでもなく、親戚が集まると、10人から多いときでは20人くらいになるのです。
苗は苗床で片手に握れる位の束にして、植える直前に田んぼに適当に放り投げられ、後ろにさがりながら、苗を植えていくのです。
小さかった私は、目盛りがついた紐を、同じ間隔に付けてある目盛りにあわせる役目でした。
小さいながらも、腰が痛かったことを覚えています。
楽しかったのは昼の時間、真っ白なおにぎりと、さつまいもの天ぷら、それに野菜の煮しめでした。
田植えがすむと、小さい私は先に帰り、風呂(当時は五右衛門風呂)を沸かすのが役目でした。
焚き物は最初が杉の葉で途中から樫の木でした。
最初にお風呂に入るのがおじいちゃんで、風呂につかると「ナマンダー、ナマンダー」と大きな声をだすのです。
そのせいでしようか、73歳になつた私も、お風呂につかると自然と「ナマンダー」と口から出る習慣がついています。
(写真は田舎の原風景です。)P1010014








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